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御岳山・武蔵御嶽神社 東京都青梅市

表情豊かな自然と信仰に守られた都内屈指の観光地
御岳山は、標高929m、秩父多摩甲斐国立公園の表玄関に位置し、古くから霊山と崇められた信仰の山です。山頂付近では、宿坊などを営みながらそこで生活している集落や信仰のシンボルである武蔵御嶽神社、さらには自然の中の滝やハイキングコースなど、都内とは思えない世界が広がり、子どもから高齢者まで楽しく散策できます。
綾広の滝
武蔵御嶽神社
雪のケーブルカー

塩船観音寺 東京都青梅市

四季折々の花が咲く花の寺
青梅市の市街地から北方の霞丘陵自然公園の中には史跡が多く点在しています。
なかでも塩船観音寺は1300余年の歴史を今に伝える古刹で、つつじ、あじさい、はぎ、秋桜など花の寺としても知られ、多くの観光客が訪れます。5月3日に柴燈護摩供火渡り荒行修行が行われ、時を同じくし境内を埋め尽くす約1万7千本のつつじが満開となった風光は、見事としか言いようがありません。
柴燈護摩供火渡り荒行修行
塩船観音寺とつつじ

住吉神社・青梅大祭・だるま市 東京都青梅市

青梅駅前旧青梅街道で開催される歴史的イベント
青梅地区の中心に位置する住吉神社。その神社や青梅駅の周辺では、年間を通して様々なイベントが開催されます。昭和の時代を再現した「青梅宿アートフェスティバル」なども定着してきましたが、やはり、伝統の「青梅大祭」と「だるま市」は必見です。ぜひお越しください。
青梅大祭
だるま市

玉川上水旧堀跡 東京都福生市

玉川上水は完成から約90年後の元文5年(1740年)に、多摩川の洪水被害を避けるため、一部区間で新しい水路に掘り替えられました。
新堀の多摩川寄りには現在旧掘跡が残されており、指定史跡に指定されています。
玉川上水旧堀跡

玉川上水開削工事跡 東京都福生市

玉川上水の工事には、2度失敗があったと言われ、その一つがこの玉川上水開削工事跡で、水を流すとこの地点ですべての水が吸い込まれてしまったと伝えられています。そのため、この場所は「みずくらいど」と呼ばれています。また、現在はみずくらいど公園として保存され、史跡指定されています。
玉川上水開削工事跡
みずくらいど公園

熊川神社 東京都福生市

桃山時代の木造建築で素朴ながらも荘厳な様相を呈しています。本殿は市内最古の木造建築で東京都の有形文化財にも指定されています。
熊川神社本殿
熊川神社

阿蘇神社本殿 東京都羽村市

阿蘇神社は、社伝によると推古天皇9年(601)に創建されたといわれる古社で、多摩川を望む崖の上に鎮座しています。
本殿は延宝4年(1676)の造立で、一間社流造のこけら葺き屋根となっており、江戸時代初期の神社建築の貴重な資料となっています。
阿蘇神社本殿

旧下田家住宅 東京都羽村市

入母屋造り茅葺きの旧下田家住宅は、弘化4年(1847)に建築されました。間取りは典型的な広間型で、江戸末期の一般的な農家の様子をよく表しています。現在は、郷土博物館の敷地に移築復元されており、自由に見学することができます。屋内の囲炉裏には、今でも毎日火を熾して、人が生活している状態にしています。
旧下田家住宅

まいまいず井戸 東京都羽村市

JR羽村駅東口近くの五ノ神社境内にある、都指定史跡の井戸です。まっすぐ縦に掘る井戸掘り技術が発達していなかった頃、水の得られる深さまでスリバチ状に掘り窪めていたようで、そこへの通路が螺旋状にめぐっているために、カタツムリを意味する「まいまい」の名が付けられました。
まいまいず井戸

玉川上水羽村取水堰 東京都羽村市

玉川上水は、人口の増加した江戸へ水を送るため、承応2年(1653)に開削されました。多摩川の水を取り込む取水堰は、洪水の時に上水路崩壊を防ぐため余分な水を流す「投げ渡し堰」という構造で建設され、江戸時代から変わらず現在に至っています。羽村取水堰は、平成26年に公益社団法人土木学会の「土木学会選奨土木遺産」に認定されました。
現在の玉川上水は上水としての機能を維持しており、羽村から取水された多摩川の水は、一部が第3水門から小作浄水場と村山山口貯水池に送水され、残りは小平監視所から東村山浄水場へ送られ、それぞれ東京都民の水道水となっています。
春の羽村取水堰
玉川上水

瀬戸岡古墳群 東京都あきる野市

東京都指定史跡
瀬戸岡古墳群は、古墳時代終末期の7世紀中ごろから8世紀前半ころに造られたと考えられる群集墳です。秋留台地の北縁部、平井川を見下ろす台地の東西、南北共に約350mの範囲に約50基の古墳が分布しています。この内の1基の古墳の石室を金網越しにいつでも見学できます。
古墳の石室

西秋留石器時代住居跡 東京都あきる野市

国指定史跡
西秋留石器時代住居跡は、秋川の左岸の河岸段丘上にあります。縄文時代の敷石住居跡5軒などが露出保存されています。金網越しにいつでも見学できます。
西秋留石器時代住居跡

あきる野市内に受け継がれる郷土芸能 東京都あきる野市

各地域の祭礼・市内のイベント・夏まつり
あきる野市は、市内各地域で多くの芸能(囃子・獅子舞・神楽・歌舞伎など)が受け継がれています。これらの芸能は各地域の祭礼や夏まつり・市内のイベント等で披露されています。
二宮神社祭礼(しょうがまつり)
正一位岩走神社例大祭
阿伎留神社例大祭
あきる野夏まつり 

二宮神社 東京都あきる野市

文化財と観光の名所
武蔵六所宮のうちの二宮で、藤原秀郷が平将門追討の折、戦勝祈願したと伝えられています。9月9日の例大祭は「しょうがまつり」の名でよく知られています。また、境内及びその周辺は、旧石器時代からの遺跡の宝庫です。本殿・宮殿は市指定有形文化財です。
本殿
二宮神社

大悲願寺 東京都あきる野市

文化財と観光の名所
建久2(1191)年源頼朝が施主となり、澄秀を開山として平山季重が創建したと伝えられています。開山の澄秀が京都醍醐寺の三宝院と関係があったことから長く同院の末でしたが、明治29(1896)年大和の長谷寺の末となりました。国・都・市指定の文化財などが多数あります。
観音堂
中門(朱雀門)
楼門(仁王門)

広徳寺 東京都あきる野市

文化財と観光の名所
臨済宗建長寺派の寺で、山号を龍角山といいます。寺伝によれば、初め正応長者の妻が堂宇を建て、建長寺70世心源希徹禅師を請じて開山とし、後に正応長者が寄進して伽藍を整備しました。天文20(1551)年大石源左衛門道俊が寺領9ケ所を寄進して再興しています。境域は都の史跡、タラヨウ・カヤは都の天然記念物、総門、山門は市指定有形文化財など多数あります。
広徳寺山門(市有形文化財)
カヤ(都天然記念物)
タラヨウ(都天然記念物)

福正寺観音堂(ふくしょうじかんのんどう)(町指定文化財) 東京都瑞穂町

福正寺の本堂に向って、左の石段を登った小高い所にあります。
今から410余年前、この地の豪族・村山土佐守や家臣等が、本堂前庭に堂を再興したと伝えられています。現在の堂は、天保12年(1841年)頃、今の位置に再建した記録があることから、160年以上前の建物であります。堂は総欅(けやき)材、間口6.75m、奥行8.45m、桁行(たけゆき)3間、梁間(はりま)4間、撞木造(しゅもくづくり)、三方入母屋(いりもや)造、茅葺(かやぶき)型銅板葺、三方に破風(はふ)がみられる独特の建造物です。手前一間は板敷吹放(ふきはなし)で建具はなく、次の二間は、畳16畳敷で、正面中央の間には、左右各二枚の棧戸(さんど)、他はすべて舞良戸(まいらど)がたててあります。奥の一間は板敷で、手前中央に来迎柱(らいごうばしら)があり、その柱間に仏壇を設け、本尊の観音座像が安置されています。背面の中央間は、舞良戸、他は板の壁であります。周囲には、勾欄付(こうらんつき)の濡縁(ぬれえん)をめぐらし、建築細部の手法は、唐様を主とし、すこしく和様を交えています。
吹放の間の鏡天井には、現在新しい淡彩の竜の図、畳敷の間の格天井(ごうてんじょう)には彩色の花鳥獣等が描かれています。
格天井の絵の作者は、入間市宮寺の人、吉川緑峰(よしかわりょくほう)(1808~1884)。緑峰は、茶づくりで有名な吉川家の二代目忠八で、家業の狭山茶生産に励むとともに、この地方での文化人で絵をよくしました。石畑吉野岳(よしのだけ)地蔵堂の天井絵、近くは入間市黒須の蓮華院観音堂、宮寺清泰寺本堂、同大御堂(おおみどう)等に絵をのこしています。
福正寺観音堂

紙本着色観心十界図(しほんちゃくしょくかんしんじゅうかいず) 東京都瑞穂町

東京都指定文化財
臨済宗建長寺派・北小山円福寺(ほっこざんえんぷくじ)に古くから伝わる宝物のひとつです。図は別名「地獄極楽之図」ともよばれており、人が生まれてきて成人し、やがて老人となる人生の移り変わりを示した部分が上部に描かれています。その下方には、人が生まれ変わって地獄・餓鬼(がき)・畜生の三悪道と阿修羅(あしゅら)・人間・天上を加えた六道(六界)を輪廻(りんね)していく部分、そして声聞(しょうもん)・縁覚(えんがく)・菩薩・如来の悟界を描いています。
詳しく見ると、上半部は円内に書かれた「心」の一字を中心とし、前に三具足と飯器を供え、風に翻る幡(ばん)一対を立てた卓を据え、卓前には法要を営む12名の僧、右側には雲上に立つ仏、菩薩各一と、礼拝する夫妻、子息等、左側には亡者を裁く閻魔王(えんまおう)と飛天二、後方に阿弥陀仏と四菩薩、その左右には座具に坐す比丘(びく)各一(声聞・縁覚か)を描き、それらの上部には大半円弧があり、下方には飯器に釘を打つ鬼や戦闘する甲冑(かっちゅう)の武士、動物等を描きます。
この一幅は、諸国を巡歴して熊野信仰を広めていた熊野比丘尼(くまのびくに)の「絵解き」用具として作られたといわれ、諸人、特に女性に勧善懲悪(かんぜんちょうあく)を説くために使われたと推察されています。
大きさは、画面が縦140.6cm、横127.6cm、製作年代は中世末から近世初期と推定されています。文献資料によって、近世中期まで江戸やその周辺に熊野比丘尼が遊行(ゆぎょう)していたことは明らかであるが、本図はその態様を示す希少な民俗資料として東京都から平成元年3月24日に指定を受けています。
紙本着色観心十界図(しほんちゃくしょくかんしんじっうかいず)

木造閻魔王坐像 東京都日の出町

平井の三吉野下平井地区、保泉院の境内にある閻魔堂に安置されている仏像、都の指定文化財です。
像高89cm、ヒノキの寄木造りです。室町中期の仏師了戒による作。豪快な鎌倉期彫刻の特徴をよく表しています。
平成18年に大規模修復が行われ、造像当時の姿に復元されました。
閻魔王坐像

玉の内の獅子舞 東京都日の出町

風祭獅子舞とも呼ばれ、毎年8月の第2土曜日に、大久野の玉の内地区で奉納される、町の指定文化財です。三嶋神社で神事を執り行った後、1日かけて地区内3カ所の庭場で奉納されます。
呼称についてはほかに、雨乞い獅子、悪魔除などといい、かつては雨乞いのために適宜の日にも奉納されました。演者は頭に獅子頭を被り、腹部に太鼓を括り付け、1人で1匹の獅子を演じ、3匹の獅子が同時に舞います。このような形態の獅子舞を「一人立三頭獅子舞」と言い、関東を中心に東日本で主に伝承されています。
獅子舞
獅子舞

下平井の鳳凰の舞 東京都日の出町

下平井の鳳凰の舞は、江戸風の「奴の舞」と、上方風の「鳳凰の舞」の二庭で構成されていて、全国的にもあまり類例がない貴重な民俗芸能です。はっきりとした伝承由来の文献はなく、雨乞いや悪疫退散の舞として奉納されています。毎年、秋に行われる平井のお祭りで披露され、三吉野会館で身支度したのち道行が始まり、春日神社など数箇所で演舞が披露されます。
鳳凰の舞
鳳凰の舞
鳳凰の舞

妙見宮 東京都日の出町

平井の谷ノ入地区、東光院の境内にある小高い丘の上に建つ、韓国風の極彩色の建物です。常に北天の中心に座し運命をつかさどる北極星を妙見菩薩として祀る宮殿です。現在の建物は昭和62年に韓国の資材と職人の手によって再建されたものです。
妙見宮
韓国様式の極彩色の建物

西福寺(秋川不動尊) 東京都日の出町

大久野の坊平地区にある開山から推定千年を経ているといわれる古刹です。本尊の不動明王は交通安全などの他にも、子授けとしてのご利益もあるといわれています。
1月に行われる初不動護摩供と火生三昧供は「火渡り荒修行」として有名で、多摩の風物詩となっています。
西福寺
火渡り荒修行

高原社 東京都日の出町

大久野の肝要地区にある享保7年(1722年)に建立された神社で、「たかはらしゃ」と読みます。「にってんしゃ」とも呼ばれ、天照大神と月詠命が祀られています。本殿は苔むした参道の奥にあり、傍らには町の天然記念物のスギが立っています。
高原社

白山神社 東京都日の出町

大久野の新井地区にあります。水口地区の山神社、坂本地区の神明社と並び町内で最も古い神社のひとつです。加賀国石川郡(現在の石川県)の白山比咩神社を総本社とし、約1200年前に現山崎宮司の始祖が創建しました。現在の本殿は総ケヤキ造りで嘉永3年(1850年)に建替えました。一枚板で作られた扉は見事で、ケヤキの年輪がきれいな模様となって現れています。
毎年9日に行われる秋の例祭では、その年の小学校6年生の少女たちが演じる浦安の舞が披露されます。舞は神事の後に境内の神楽殿で1回目が披露され、下山後に萱窪地区の会館で2回目が披露されます。
白山神社

日の出山荘 東京都日の出町

中曽根康弘・ロナルドレーガン日米首脳会談記念館
大久野の長井地区にある記念館です。日米の親善と東西冷戦構造を終結へと導き、世界平和に貢献した首脳会談「ロン・ヤス会談」が行われた場所を公開し、歴史的意義と成果を長く後世に伝えます。
日の出山荘 書院内観
青雲堂

国指定重要文化財(建造物)小林家住宅 東京都檜原村

標高700mにある重要文化財建造物
東京都の山地の民家で、村内最古の民家と言われています。標高700mほどの南斜面に建つ建物で、その手法から見て建築年代は18世紀前半考えられています。また、建物の痛みが激しいため、平成23年12月から平成27年3月までの間、住宅保存修理事業が行われ、復元された小林家住宅を見学することができます。
国指定重要文化財(建築物)小林家住宅

奥多摩町の郷土芸能 東京都奥多摩町

多様な強度芸能が伝承されている、まさに郷土芸能の宝庫
奥多摩町には西多摩地域で広く伝承されている三匹獅子舞が13地区で伝承されているほか、国指定無形民俗文化財「小河内の鹿島踊り」や「神楽」「車人形」など多様な郷土芸能が伝承されており、それぞれ神社の祭礼日などで奉納上演されています。
小河内の鹿島踊り
(国指定無形民俗文化財)
大丹波青木神社の獅子舞
(町指定無形民俗文化財)
川野の車人形
(東京都指定無形民俗文化財)
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